ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

適切に脳へ送達したケルセチンは、既存薬と同等に記憶障害を改善する・後編

出典: RSC Pharmaceutics 2025, 2, in press

https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2025/pm/d5pm00093a

著者: Peta Nobel Reddy, Jasleen Kaur, Saba Naqvi

 

前編より続く

概要: 記憶障害の改善効果の違いを追求するに当たり、脳の酸化ストレスとの関連を調べました。多くの神経毒は酸化ストレスを与えますが、今回の場合に該当するかを検証する目的で行われました。酸化ストレスとは体に錆ができる様なもので、体の錆が組織を傷つけます。神経毒による酸化ストレスで脳神経が傷つくと、記憶障害を誘発します。

酸化ストレスの指標には、TBARSとカタラーゼを選びました。TBARSとは酸化された脂肪の残骸の総称で値が大きい程、酸化ストレスが掛かっています。一方、カタラーゼとは酸化ストレスの担い手である活性酸素種を除去する酵素ですので、値が小さい程、酸化ストレスが大きいことを意味します。各ラットの脳におけるTBARSの濃度は正常群: 0.05 μM、1): 50 μM、2): 110 μM、3) 75 μM、4) 60 μM、5) 50 μMであり、カタラーゼ濃度は正常群: 20 nM、1): 6 nM、2): 10 nM、3) 14 nM、4) 17 nM、5) 17 nMでした。2)ではケルセチンが、そこそこ酸化ストレスを抑制しています。しかし、2)は3)~5)に及ばす、ケルセチンの酸化ストレス抑制効果を引上げるのが3)のシリカナノ粒子であり、4)のラクトフェリンで更に引上げると、5)のドネペジルと同等のレベルに達した点が記憶障害の改善と完全に一致しました。

従って、酸化ストレスの抑制イコール記憶障害の改善という関係が成立しましたが、ケルセチンのメインの機能は酸化ストレスの抑制です。従って、2)~4)の効果の違いは、ケルセチンの脳送達の効率を反映しているという仮説が立てられました。

この仮説を検証すべく、IGCという蛍光物質を用いる実験を次に行いました。ケルセチンの代わりにIGCを、シリカナノ粒子もしくはラクトフェリンが結合したシリカナノ粒子に封入しました。IGCとは肝臓の検査に用いる試薬で、IGCが肝臓に存在すると肝臓から蛍光を発し、蛍光の消失時間で肝機能を評価します。IGCを単独投与したラットでは、肝臓からは蛍光を発しますが、脳からは全く発しませんでした。IGCを含むシリカナノ粒子を投与したラットは、肝臓からの蛍光に加え、3時間後からは脳からも蛍光があり、IGCの脳送達が示されました。脳の蛍光は6時間後にピークに達し、24時間後には消失しました。IGCを含むラクトフェリンが結合したシリカナノ粒子の場合は、脳の蛍光が6時間後にピークである点は同じですが、その強度は約3倍であり、24時間後でも持続していた点が大きく異なります。従って、シリカナノ粒子にはIGCを脳送達する機能があり、ラクトフェリンの結合は、脳送達を強化する事が判明しました。

IGCと同様にケルセチンも、ラクトフェリンとシリカナノ粒子で脳送達の効率が向上したと考えると、前編の記憶障害の改善効果の違いが合理的に説明できます。従って、ケルセチンには酸化ストレスの抑制という記憶障害を改善する潜在能力がありますが、それを活かすには脳送達が鍵になります。ラクトフェリンが結合したシリカナノ粒子で脳送達すると、ドネペジルと同等の効果を実現しました。

キーワード: ケルセチン、脳送達、ラクトフェリン、シリカナノ粒子、記憶障害、ドネペジル、酸化ストレス、IGC