ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

ケルセチンによる白内障の治療

出典: International Ophthalmology 2025, 45, 409

https://link.springer.com/article/10.1007/s10792-025-03782-1

著者: Sheng Miao, Zhuxian Feng

 

概要: 白内障とは、目のレンズとしての働きをする水晶体が濁る病気です。白内障の原因は主に加齢ですが、早い人は40代でも発症し中には80代で濁り始めるなど、個人差があります。物がかすんで見える、二重に見える、まぶしく見えるような症状ですが、進行すると視力が低下し時に失明します。初期の段階であれば薬物治療も可能ですが、進行を遅らせるだけで完治することはありません。治療は手術が一般的で、濁った水晶体を取り除いた後、人工的なレンズを代わりに入れます。今回の研究では、ケルセチンが水晶体の濁りを軽減して、白内障を治療できる可能性が発見されました。

10匹のマウスの眼に紫外線を当てて、水晶体が損傷した白内障の状態を作りました。その後、5匹ずつ2群に分け、片方の5匹は毎日ケルセチン150 mg/kgを7日間継続して投与し、もう片方には投与しませんでした。これとは別に5匹のマウスを用意して、紫外線を当てずに正常群としました。投与期間が終了した後、各マウスの眼の状態を観察して、水晶体の濁りをランク付けしました。基準は0: 濁りなし、1: 周辺に小さな泡がある軽度な濁り、2: 重なった泡が中心に向かう中程度の濁り、3: 泡が中心にある重度の濁り、4: 全体が濁る深刻な濁りとします。正常群は当然ながら5匹全てが0でしたが、ケルセチン非投与群は4が3匹、3が2匹でした。ところがケルセチン投与群は4がなく、3が1匹、2が2匹、1が2匹で水晶体の濁りを見事に改善しました。

水晶体に限らず、体の組織を紫外線が損傷する原因は酸化ストレスです。酸化ストレスとは体に錆ができる様なもので、体の錆が組織を傷つけます。酸化ストレスの指標である、マロンジアルデヒドという物質(脂肪分が酸化ストレスを受けた際に生じる残骸)の濃度を測定しました。結果は、正常群: 1 nmol/mL、ケルセチン非投与群: 8 nmol/mL、ケルセチン投与群: 5 nmol/mLでした。別の指標として、酸化ストレスの犯人である活性酸素種を除去するグルタチオンなる物質の濃度も測定しました。正常群: 9.5 mg/g、ケルセチン非投与群: 3.5 mg/g、ケルセチン投与群: 7.0 mg/gでした。ケルセチン非投与群では、マロンジアルデヒドが上昇しグルタチオンは減少しましたが、正常群と比べて酸化ストレスが余計に掛かっています。しかし、ケルセチンの投与群では、マロンジアルデヒドとグルタチオンの両方が反対の挙動を示しました。ゆえに、紫外線による水晶体の酸化ストレスをケルセチンが軽減したことになり、その結果が濁りの改善として反映されています。

別の研究の知見として、白内障はHippoシグナル伝達が過剰活性化した状態との指摘があります。Hippoシグナル伝達とは、細胞の増殖と細胞死のバランスを保ちながら、器官のサイズを維持する大切な役割ですが、活性化が過ぎると水晶体の濁りを促進します。そこで、先程のマウスの実験と同様に、ケルセチン150 mg/kgとHippoシグナル伝達の活性化剤5 mg/kgを同時投与しました。ケルセチンの効果は完全に打消され、水晶体の濁り・マロンジアルデヒド・グルタチオンの全てが非投与群と同等のデータを示しました。

以上の結果、ケルセチンが白内障を改善する仕組みは、Hippoシグナル伝達の抑制に基づく、酸化ストレスの軽減でした。現状の治療薬が進行を遅らせるのに対して、ケルセチンはHippoシグナル伝達の抑制という白内障の根本を解決するので、手術が不要になる可能性を秘めています。

キーワード: 白内障、水晶体、ケルセチン、酸化ストレス、Hippoシグナル伝達