ケルセチンは閉経後のアテローム性動脈硬化症を改善する
出典: British Journal of Pharmacology 2025, 182, in press
https://bpspubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/bph.70200
著者: Ying Lv, Xiuzhu Weng, Yuxiao Zhu, Xinyi Zhang, Yue Ma, Xinyu Dai, Xiaoxuan Bai, Shan Zhang, Jinyu Qi, Xinxin Zhu, Yuwu Chen, Ming Zeng, Wei Meng, Qiuwen Wu, Ji Li, Haibo Jia, Bo Yu
概要: 閉経はアテローム性動脈硬化症の発症リスクを、それまでの3倍に増加します。女性ホルモンには、この厄介な病気の主原因である悪玉コレステロールを低下する働きがありますが、閉経により急激に女性ホルモンが減少するためです。今回の研究では、閉経後のアテローム性動脈硬化症をケルセチンが改善することが発見され、その仕組みも一部が解明されました。
遺伝子操作によりアテローム性動脈硬化症を自然発症するマウス10匹分の子宮を、手術で摘出しました。子宮の摘出は女性ホルモンの分泌が減少するため、閉経のモデルとして汎用されています。その後5匹ずつ2群に分け、片方はケルセチンを0.1%含む餌で飼育し、もう片方にはケルセチンを含まない通常の餌を与えました。これとは別に5匹のマウスを用意して開閉手術のみ行い、子宮摘出を省略しました。これは、偽手術と呼ばれる操作で、麻酔や開閉までは同一の条件にしておいて、子宮摘出の有無だけが異なる実験とする目的で行いました。なお、偽手術群には通常の餌を与えました。
12週間の投与期間を終え、各マウスの大動脈を比較しました。大動脈の病変領域は、偽手術群とケルセチン投与群とで殆ど同じ面積でしたが、非投与群では2倍になっていました。また、病変領域の中でも壊死した動脈の割合は、偽手術群12%、ケルセチン投与群13%、非投与群18%でした。以上の結果は、アテローム性動脈硬化症が自然発症する状態を子宮摘出(閉経)が更に加速したことと、子宮摘出してもケルセチンの投与で子宮摘出しない時と同じ動脈の状態を維持したことを意味します。
各マウスの血液・心臓・血管を総合した変化を調べたところ、非投与群ではフェロトーシスと呼ばれる細胞死が進行していました。細胞死には様々な種類がありますが、フェロトーシスは鉄が媒介することが特徴です。実際、偽手術群の鉄の量を1.0とした時の相対比は、ケルセチン投与群が1.0、非投与群で1.6でした。また、フェロトーシスを誘導するACSL4という蛋白質の発現は非投与群のみで増加しており、反対にフェロトーシスを阻害するGPX4という蛋白質の発現は非投与群のみで減少していました。従って、子宮摘出(閉経)が悪化したアテローム性動脈硬化症をケルセチンが改善した仕組みは、フェロトーシスの抑制でした。
動脈の内側(血液が通る部分)を構成する血管内皮細胞を、悪玉コレステロールで刺激する実験を行いました。悪玉コレステロールがアテローム性動脈硬化症を発症する場面を、細胞レベルで再現した実験です。冒頭で述べたように閉経にて女性ホルモンが減少するため、悪玉コレステロールが血管内皮細胞に作用する場面が頻発しますが、細胞内のACSL4が上昇しGPX4は減少して、フェロトーシスを誘導しました。しかし、ケルセチンと悪玉コレステロールを同時に作用した細胞では、ACSL4とGPX4の両方とも変化がなくフェロトーシスを阻害して、マウスの実験を細胞でも再現できました。
女性であれば閉経は避けられない現象であり、アテローム性動脈硬化症のリスクも受入れざるを得ない現実ですが、ケルセチンによる改善効果は全ての女性に希望と勇気を運ぶことでしょう。
キーワード: 閉経、アテローム性動脈硬化症、ケルセチン、血管内皮細胞、フェロトーシス