イソケルシトリンが卵巣癌に効く仕組み
出典: Discover Oncology 2025, 16, 1795
https://link.springer.com/article/10.1007/s12672-025-03626-5
著者: Xiaolong Zhang, Youzhen Luo, Qiaoling Gao, Zhisheng Huang, Caihong Li
概要: 日本では1年に約13,000人が新たに卵巣癌と診断され、約5,000人が卵巣癌で亡くなっている事実が示すように、卵巣癌は死亡率が高い病気です。その原因として早期発見が困難で、ある程度進行した段階で診断されることの多いことが挙げられます。今回の研究では、ケルセチンの仲間で糖が1個結合したイソケルシトリンの、卵巣癌に効く仕組みが解明されました。
卵巣癌の患者さんから採取したSKOV3という癌細胞があります。ヒト由来の卵巣癌細胞として市販されており、卵巣癌の研究で汎用されています。無限増殖するのが癌細胞の特徴ですが、このSKOV3細胞も例外ではなく、2日後には2倍に増殖し、4日後には4倍に増殖しました。イソケルシトリンの濃度を変えて(40 μMと80 μM)SKOV3細胞に添加して、増殖の度合いを比較しました。その結果、低濃度のイソケルシトリンは無添加時の7割程度に増殖を抑制し、高濃度では半分以下に抑制しました。SKOV3細胞にイソケルシトリンが起こした変化を調べたところ、酸化された脂質の濃度は無添加: 18%、40 μM: 24%、80 μM: 33%で、イソケルシトリンの濃度と伴に上昇しました。鉄の濃度もまた、無添加: 1.9 μmol/g、40 μM: 3.1 μmol/g、80 μM: 4.3 μmol/gで、濃度依存的に上昇しています。このデータは、鉄が媒介して過酸化脂質が実行するフェロトーシスと呼ばれる細胞死を、イソケルシトリンがSKOV3細胞に誘導したことを示唆しました。
そこで、イソケルシトリンがどの様にフェロトーシスを誘導するのか、仕組みを調べる実験を行いました。イソケルシトリンによる変化を今度は遺伝子レベルで調べたところ、SLC7A11という蛋白質を作らせる遺伝子の減少が判明しました。すなわち、イソケルシトリンを投与したSKOV3細胞ではSLC7A11が減少したことになります。SLC7A11がどの様な働きをするのか知るべく、SKOV3細胞にSLC7A11を投与しました。面白いことに、鉄濃度・過酸化脂質濃度の両方が低下して、イソケルシトリンとは反対の挙動でした。また、SLC7A11とイソケルシトリンを同時に投与したSKOV3細胞は、イソケルシトリンの単独作用時と比べて、鉄・過酸化脂質ともに上昇が抑えられました。よって、SLC7A11にはSKOV3細胞のフェロトーシスを抑制する働きがあり、イソケルシトリンの投与でSLC7A11が減少するため、フェロトーシスを誘導してSKOV3細胞の増殖を抑制しました。
最後に、SKOV3細胞を皮下注射したマウスを用いる実験を行いました。ヒトの卵巣癌と同じ腫瘍組織をマウスの皮下に作る実験ですが、SKOV3細胞の移植後2群に分け、片方には1日おきに5回にわたってイソケルシトリンを投与し、もう片方には投与しないで腫瘍組織を比較しました。移植から2週間経過した際の腫瘍組織の体積は、非投与群の560 mm3に対してイソケルシトリン群では250 mm3でした。3週間後には1200 vs. 550 mm3と差が広がり、イソケルシトリンによる腫瘍組織の増殖抑制効果をマウスでも確認できました。また、イソケルシトリン群の腫瘍組織のSLC7A11は非投与群の約半分であり、細胞実験の結果をマウスでも再現できました。
以上、イソケルシトリンが卵巣癌に効く仕組みが明らかになり、卵巣癌の早期発見が困難な現状に希望の光を運びました。
キーワード: 卵巣癌、イソケルシトリン、SKOV3細胞、フェロトーシス、過酸化脂質、SLC7A11