新たに判明した、ケルセチンが甲状腺癌に効く仕組み
出典: Molecular Carcinogenesis 2026, 65, in press
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/mc.70069
著者: Hyunjin Moon, Shiying Li, Yukyung Hong, Chang Hwan Ryu, Junsun Ryu, Seung Joon Baek
概要: 甲状腺とは、喉のすぐ下にある蝶の様な形をした組織で、新陳代謝を促す甲状腺ホルモンを分泌する器官です。甲状腺に癌が発生すると、自覚症状が少ないにも拘わらず進行が早いことが知られています。甲状腺癌は、近くの食道や気管だけでなく骨や肺に遠隔転移しやすく、比較的悪性度が高い癌です。今回の研究では、ケルセチンが甲状腺癌細胞に対抗する新たな仕組みが発見されました。
甲状腺癌の患者さんの腫瘍組織には、正常組織に比べてスフィンゴシン-1-リン酸受容体1(S1PR1)という蛋白質が多いことが知られていましたが、甲状腺癌における具体的な役割は未知でした。そこで、遺伝子操作によりS1PR1を持たない、すなわちS1PR1陰性の甲状腺癌細胞を作り、S1PR1陽性である通常の甲状腺癌細胞と性質の違いを比較しました。癌細胞が正常細胞と大きく違う点に、「増殖」が挙げられます。癌にかかると腫瘍が拡大して他の組織に癌が転移し、全身癌まみれで死を迎えた話を聞きますが、癌細胞が無限に増殖するためです。増殖にはコロニーと呼ばれる細胞の集団を形成します。それぞれの甲状腺癌細胞を1000個ずつシャーレに入れ、2週間培養した後、細胞が形成したコロニー数を比較しました。通常の甲状腺癌細胞は230個のコロニーを作りましたが、S1PR1陰性では50個でした。癌細胞の特徴として増殖の次に挙がるのが、他の場所に移動する「遊走」という性質です。癌が転移するのは、他の組織に癌細胞が遊走するためです。S1PR1の有無が遊走に及ぼす影響は、創傷治癒アッセイという実験で調べました。培養細胞層にプラスチックで傷をつけて空間を作ると、その空間を埋めるべく癌細胞が遊走する現象を比較します。通常の甲状腺癌細胞は空間の61%が遊走細胞で埋まりましたが、S1PR1陰性では27%に留まりました。
以上の結果は、S1PR1が甲状腺癌細胞の増殖と遊走の両方で重要な役割を果たしていることを示します。従って、S1PR1を減少する物質は甲状腺癌細胞の増殖と遊走を抑制することを意味しますので、天然物から探索する実験に展開しました。食物に含まれ健康に良いとされる成分15種類を甲状腺癌細胞に添加して培養したところ、最もS1PR1を減少した物質はケルセチンでした。ケルセチンは、添加12時間後にはS1PR1を40%に減少し、24時間後には22%にしました。S1PR1の遺伝子を調べたところ、ケルセチンの添加前後で変化はありませんでした。ゆえに、ケルセチンにS1PR1の発現を阻害する機能はありません。次に、蛋白質を分解するプロテアソームという複合体の働きを調べました。その結果、ケルセチンの添加でプロテアソーム活性が2.8倍に増強されており、ケルセチンがS1PR1の分解を促進していたことが判明しました。ケルセチンはS1PR1の発現を阻害せず、分解に関与するため、S1PR1の減少にある程度の時間を要した事実と見事に一致しました。
ケルセチンは、甲状腺癌細胞の増殖と遊走を抑制します。S1PR1の減少という甲状腺癌に効く仕組みが分かったので、今後の展開が楽しみです。
キーワード: 甲状腺癌、S1PR1、増殖、遊走、ケルセチン、プロテアソーム