ケルセチンが強化する乳癌の放射線療法
出典: Clinical and Translational Radiation Oncology 2026, 57, 101099
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2405630825001910
著者: Chujie Li, Xiaojun Li, Rianne Biemans, Rui Zhang, Ming Zhang, Ludwig J. Dubois
概要: 癌の治療には手術の他に、薬を用いる化学療法、放射線を照射して腫瘍組織を死滅させる放射線療法があり、三大療法と呼ばれています。放射線療法にて正常組織も損傷しては意味がありません。正常組織を守る手段として、まず弱い放射線を当てると、その後の強い放射線でも死滅しなくなる「放射線適応応答」という現象を利用します。しかし、腫瘍組織が放射線適応応答するケースもありますので、放射線療法で治療が可能な癌の種類は限られています。今回の研究では、ケルセチンが正常細胞には放射線適応応答を示す一方で、癌細胞には示さないという夢のような発見がありました。
乳腺を構成する乳上皮細胞は正常細胞ですが、放射線適応応答を確認できました。0.1 Gyの放射線を照射後の生存率は95%で、やや死滅した程度でした。放射線の強度を50倍にすると、すなわち5 Gyの放射線を照射した後の乳上皮細胞の生存率は85%に低下して、放射線による細胞死が目立つようになりました。しかし、0.1 Gyで照射した後、5 Gyの強度で照射しても95%の生存率を保ち、後半の5 Gyでは死滅することなく、放射線適応応答を示しました。次に、ケルセチンを12.5 μMの濃度で添加して、同様に2段階で強度を変えた放射線照射を行いました。驚いたことに、生存率は107%を記録しました。100%を超えたことは、放射線の照射下であっても乳上皮細胞が増殖したことを意味します。ゆえに、ケルセチンは、乳上皮細胞の放射線適応応答を強化しました。
今度は、同様の実験を乳癌細胞で行いました。ちなみに乳癌とは、乳腺に癌が発生した状態ですので、乳上皮細胞と乳癌細胞が混在しています。乳癌細胞を死滅させ、乳上皮細胞は生存させることが、乳癌の放射線療法の要件です。0.1 Gyの照射で生存率95%、5 Gyで85%は、乳上皮細胞と全く同じでした。0.1→5 Gyの2段階照射では、後半の結果がそのまま反映された85%で、乳癌細胞の性質として放射線適応応答がありませんでした。ケルセチンの存在下で2段階照射すると、生存率は更に下がり65%でした。放射線適応応答が元来ない乳癌細胞では、ケルセチンによる付加がないどころが、反対に抗癌活性が効いて生存率が低下したことを意味します。
ケルセチンの働きを知るべく、それぞれの段階における両細胞を詳しく調べました。その結果、NQO1という蛋白質の増減と乳上皮細胞の生存率の間に、顕著な関連がありました。5 Gyで生存率が底の85%ではNQO1が約半分に低下し、ケルセチンが存在しない弱い放射線適応応答の2段階照射では1.5倍に増えました。ケルセチンが放射線適応応答を強化した2段階照射では、NQO1が2倍になりました。一方、乳癌細胞ではケルセチンがNQO1を少し増やした程度で、各段階においてほぼ一定の量で、乳上皮細胞で見られたような変動はありませんでした。
NQO1は酸化ストレスがあると誘導され、酸化ストレスに対抗する働きが知られています。放射線は細胞や組織に酸化ストレスを与えますので、NQO1で対抗します。ゆえに、ケルセチンによる放射線適応応答の本質は、NQO1を増加する働きでした。
キーワード: 癌、放射線療法、放射線適応応答、正常細胞、癌細胞、ケルセチン