ケルセチン・フラボノイド 論文・文献データベース

ジヒドロケルセチンは短鎖脂肪酸を増大して大腸炎を軽減する

出典: Journal of Agricultural and Food Chemistry 2024, 72, 23211–23223

https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jafc.4c03278

著者: Tong Liu, Siqing Fan, Pengfei Meng, Mingxia Ma, Yanxin Wang, Jiaojiao Han, Yufei Wu, Xiao Li, Xiurong Su, Chenyang Lu

 

概要: 短鎖脂肪酸とは、炭素数が6個未満の油脂を構成する酸性成分の総称です。代表的な短鎖脂肪酸には酢酸があります。これまで短鎖脂肪酸は、腸の中を弱酸性に保って腸の状態を良好にするという漠然とした理解でした。今回の研究では、ジヒドロケルセチンが大腸炎の症状を抑える際に、短鎖脂肪酸が重要な役割を果たしたことが発見されました。ジヒドロケルセチンとはタキシフォリンとも呼ばれる、ケルセチンとよく似た構造を有する物質です。

マウス24匹を、何も処置しない正常群、化学物質で腸に炎症を誘発した大腸炎のモデル、毎日ジヒドロケルセチン20 mg/kgを投与する大腸炎マウスの3群に分けました。3週間後の症状を1) 体重の減少率、2) 便の性状、3) 血便の深刻度の3項目でそれぞれ点数をつけました。数字が大きい程重症度が高くなりますが、正常群は当然ながら0でした。ジヒドロケルセチンの非投与群が35であったのに対し、投与群は19に下がりました。大腸炎では正常と比べて、リン酸が結合したPI3KとAktが増え、PI3K/Aktシグナル伝達が活性化していました。以前、PI3K/Aktシグナル伝達は癌で活性化すると述べましたが、炎症も誘導します。ジヒドロケルセチンはリン酸化した両蛋白質の量を正常に近づけ、PI3K/Aktシグナル伝達を抑制しました。

次に、腸内細菌叢(生息する細菌類の分布)を調べたところ、大腸炎のマウスはファーミキューテス門が減少し、バクテロイデス門が増大していました。しかし、ジヒドロケルセチンの投与はこのバランス異常を改善して、正常と同様の腸内細菌叢に戻りました。腸内細菌叢の正常化に伴い、大腸炎で減少した胆汁酸と短鎖脂肪酸も回復しました。

以上の結果は、ジヒドロケルセチンによる胆汁酸と短鎖脂肪酸の調節と見なせますが、どちらの働きが症状の軽減に貢献しているか、という疑問が湧きます。そこで、先程のマウスの実験系をそのまま転用して、ジヒドロケルセチンの代わりに胆汁酸と短鎖脂肪酸をそれぞれ投与しました。3週間後の症状スコアは、胆汁酸群が31で短鎖脂肪酸群が21でした。また、PI3K/Aktシグナル伝達は、短鎖脂肪酸群では抑制されましたが、胆汁酸群では効果がなく、むしろ活性化の傾向にありました。従って、短鎖脂肪酸の投与はジヒドロケルセチンの投与と同等の効果でした。

大腸炎を軽減したのは胆汁酸群でなく、短鎖脂肪酸であることが分かりましたので、短鎖脂肪酸が動かした遺伝子を調べました。マイクロRNAという遺伝子に特化した結果、大腸炎で発現が減少し短鎖脂肪酸が上昇して正常化したマイクロRNA1種類と、その逆パターンの短鎖脂肪酸が発現を減少した7種類の、計8種類のマイクロRNAを特定しました。これらの挙動を調べた結果、短鎖脂肪酸が上昇した唯一のマイクロRNAであるmiR-10a-5pが、pic3caという遺伝子に結合することが分かりました。この遺伝子は、PI3K/Aktシグナル伝達の活性化に関与することが知られています。

因果関係をまとめると、ジヒドロケルセチンの投与→腸内細菌叢の乱れを正常化→短鎖脂肪酸の増大→miR-10a-5pの増大→PI3K/Aktシグナル伝達の抑制→炎症の軽減になります。短鎖脂肪酸の役割は腸内を弱酸性に保つだけでなく、抗炎症作用の中心を担いました。

キーワード: 大腸炎、ジヒドロケルセチン、腸内細菌叢、短鎖脂肪酸、miR-10a-5p、PI3K/Aktシグナル伝達、炎症